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没後50年、「福祉のレジェンド」

2018年9月18日

 その人の名は、近年福祉を学ぶ者なら一度は聞いていると思う。福祉実践を支える理念を提唱し、それが多くの社会福祉専門職に影響を与えてきた。私もその人物を心の師と仰ぐ一人だ。彼の主著『福祉の思想』(NHKブックス67)が出版されたのも、亡くなったのも、50年前の同じ年だった。驚いたことに、この種の本には珍しく今も再版されている。著作権期限を迎えてもなおロングセラーというのもすごい。書店では専門書でなく一般書籍のコーナーに収められている。もはやその道のガイドブックにとどまらない。そしてその本を通じて知られるところとなった「この子らを世の光に」は「昭和の名言」となった。

 以上のような紹介はけっして誇張ではない。私は見逃してしまったが、「NHKスペシャル・ラストメッセージ」(6回シリーズ)の最終回(2007年3月20日放送)は「この子らを世の光に」と題して、彼の生涯を紹介している。前の5回でとりあげられている人物は、手塚治虫(漫画家)、湯川秀樹(物理学者)、木下恵介(映画監督)、植村直己(冒険家)、岡崎嘉平太(実業家)である。彼らと並んでその存在はジャンルを越える「昭和のレジェンド」の一人とされたのだ。

 私が社会福祉を学び始めたのと、『福祉の思想』が世に出、著者がこの世を去ったのがほぼ同時期だった。その1968年は、わが国のGNP(国民総生産)がアメリカに次ぐ世界第2位になった年。右肩上がりの経済成長真っただ中だった。ひたすら豊かさを求める空気が支配する社会である。福祉国家という語は一般化しつつあったと思うが、福祉といえば一面で不幸や貧困を対象とするジャンルでもあるだけに、繁栄を謳歌する空気の中で、そこに目を向ける人はまれだった。

 そういえば、そのときとよく似た状況が、2つい数年前にもあった。

 2011年の大震災と原発事故の後、五木寛之が『下山の思想』(幻冬舎)という本を出した。五木は、あの大震災を、ひたすら上へ上へ向かおうとしてきた日本人への警告だと言った。頂上を目指すのを一旦やめ、少し麓(ふもと)の景色を見ながら、ゆっくりと「下山」してみたらどうかと説いた。それは、「大きいことはいいことだ!」と人びとが浮かれていた1968年に、彼が「いと小さなこの子」の存在に光をあてたタイミングが、どこか相通ずるものがあるように思う。

*聖書のことば(『福祉の思想』56頁)

 『福祉の思想』が出てから今までの50年間には、世界的には東西冷戦が終結し、わが国もバブル崩壊や大震災を経て経済成長は停滞している。とはいえ、物質的には豊かな社会となった。しかしいまも相変わらず経済成長を望み、競争、能力、生産性がモノをいう世の中である。その最も醜悪な病根が、一昨年のやまゆり園事件となって現れた。識者の中からも50年前に彼の遺したメッセージを引用して、この社会には依然として光の届かない深い闇のあることに暗澹とする声が聴かれた。

 世代を越えて読み継がれるロングセラー本に“外れ”はない。表現や用語には違和感があっても、読む人の心に染み込む力が古さを圧倒する。それが古典の魅力である。

 私はここ十数年来、新任職員の前で、このいまや“福祉の古典”となったこの本のエッセンスを紹介し、一読あるいは再読を薦めている。それは私の職歴と重なるこの50年、常に道しるべであり続けた、私にとっての「聖書」のような本だからだ。

 2018年9月18日は、『福祉の思想』の著者、糸賀一雄(いとがかずお)が享年54という惜しまれる生涯を閉じた50回目の命日である。

(法澤 奉典・のりざわ とものり)

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