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問われ続ける「内なる優生思想」

2018年8月20日

 後世、「平成の大事件」として語り継がれることになるのだろう。その事件の現場も被害者も、ともに他人事とは思えない。さらに衝撃的だったのは、事件の犯人として逮捕されたのが「元職員」と伝えられたことだった。2年前の7月26日未明に発生した「やまゆり園事件」である。

事件直後、1年後の昨年と比べると報道量は減っている。2年後の今年7月、私の目に留まったのは、「きょうだいたち」と題して、障害者を兄や姉、弟や妹としてもつ人に焦点をあてた3回の連載特集記事だった(朝日新聞、7月19、23、24日)。その2回目の「私の中の優生思想」という見出しにドキリとさせられた。記事は、「私には耳が聞こえない弟がいます。そのために私も周囲から差別を受け、結婚できるのか、子どもを持てるのかと、ずっと悩んできました」と告白する女性弁護士(35歳)が実名で登場している。自身の成長過程での心の葛藤を率直に語り、旧優生保護法裁判の弁護団に加わることになった動機を「自分の中の優生思想と向き合うため」だったと述べている。

 障害者を家族にもつ者も、いや当事者でさえ、家族の愛情の中で育ち、成長するある時期までは「障害」をあまり意識しない。いわゆるものごころがつき、他人や社会から自分あるいは家族に向けられている特別の「目」に気づき、幼なごころは傷つけられるのである。そういう瞬間にめぐりあう。

 彼女はこう振り返る。

「小学生の時、弟に障害があることを知る友達から『不幸がうつる』とからかわれた。弟の障害は母の責任ともとれる言葉を母に向ける大人も目にした。弟を憐れむ言動にも直面した。社会もモノサシでは障害者は生まれてこない方がいいと思われてしまう存在で、その家族の自分も差別される側にいる」

 それが成長のあかしなのだが、子どもは自分の存在を客観視できるようになると、「世間の目」で自分を見ることになる。命に優劣をつける優生思想は差別する側だけでなく、“される側”の心にも入り込む。

 障害者を弟にもつ彼女は、「生きることがずっとつらかった」と述懐する。そのつらさからのがれるために「よろい」を見につけようとし、弁護士となり、よき理解者とめぐりあう。そして旧優生保護法裁判弁護団に加わるなかで、「のみこんできた優生思想への憤りや疑問を社会に発信しよう」と決意する。そんな彼女ではあるが、いまも「優生保護法を消し去る自分と完全にはそうできない自分との間で揺れ、迷い続けるかもしれない自分」がいることを認めつつ、それを「受け入れ向き合っていきたい」とも語った。

 実は、「わが内なる優生思想」という問題提起は、50年前の私の学生時代にもあった。当時は「(社会的弱者に対する)加害者性」と言っていた。その言葉は、自分の善意や正義を疑っていなかった私の自尊心を直撃した。それはまた、私が現場に出た際の利用者との関係を考え直す機会にもなった。だがその後の私は、能力や競争が優先される社会に呑み込まれてしまった。なんと言いわけしようかとうろたえている私がいる。

「(彼女の)姿勢は、私自身はどうなのかという問いも突きつける」。「『障害があるとわかっていても、その子を産みますか?』と問われれば、完全に肯定できる自信がない自分もいる」。

取材した記者のコメントである。正直な告白だと思う。「私の中の優生思想」と向き合うことは、すべての人の問題ではあるまいか。

(法澤 奉典・のりざわ とものり)

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