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ホリエモンの「暴言」を考える(つづき)

2018年1月19日

「お前のやっていることは、お駄賃もらってやっている子守りと変わらない」

こう言われて、福祉施設に勤めはじめたばかりの私のプライドは大きく傷つけられた。20代頃の思い出である。その記憶を呼び起こしたのが、「誰にでもできる仕事」発言だった。その発言の主・ホリエモンこと堀江貴文氏の一連の“語録”を引き続いて紹介する。

<大変だから給料が高くあるべきってのは間違いな訳。そして誰でも出来る仕事でも大変な仕事はたくさんあるわけ。そしてそういう仕事は給料高くならない。高くしたいなら業務効率化すればいい。タクシー運転手だってそれだけど、稼いでいる人とそうでない人は収入倍以上違う>

<…(保育現場の)ちょっとした取材でも伝統的に行ってるだけで効果測定をすると必要ないと思われる効率化できる業務はいくつもありました>*( )は引用者

これを暴言・暴論と片づけられるだろうか。ここにある「効率化」という点で言えば、その指摘に対して、「人相手の仕事に効率化とは何事か」と、つい感情的に反発したくなるところがある。それはまた「コスト」という言葉に対しても同様だ。要領よく、時間と経費をかけずにやれと言われると、自分が不器用で要領の悪い人間だという負い目を感じているからかもしれないが…。

顧みれば、効率性とか低コストとか、いわばそうした当世風の価値基準を、「福祉の価値基準」とは相容れないものとして、受け入れることを拒んできた私だった。しかし現実にはこの世界にも「効率化」を迫る空気がジワリと広がってきている。ホリエモンはそのことをズバリ言い当てていると思う(本当のことを言われると人は腹を立てるものだ)。資本主義の最先端を突っ走る人物からすれば、福祉の現場は非効率を絵に描いたような業態に見えるのだろう。

<じゃあ今の保育士の大半がちゃんと出来てるか?出来てないと思うけどな。一生懸命やってます、ってのと出来るかどうかは別の話…>

言われるまでもなく、「稼いでいる人とそうでない人」「(効率化が)できている人とそうでない人」の違いと言えば、介護分野では、社会福祉法人は介護ビジネスにとっくに主導権を奪われていることからも明らかだ。

<なんども言うけどわたしは保育士をdisってません。給料が上がらない原因を端的に申したまでで、しかも政治とかに頼る(つまり子育てしたい人がそれ以外の人に税負担を求める)ことなしにそれを実現したらどうかと思ってます>*「disる」とは「軽蔑する」(disrespect)という意味のネットの世界の俗語表現。

この論争の発端は「なぜ保育士の給料は安いのか」という問題提起だった。その原因をホリエモンは「稼ぐ力」(効率化)が足りないからだと喝破した。正直言って、その指摘は間違っていないと思う。ただ次の発言はどうだろう。

<そういう感情論では、給料のギャップは埋まらないぜ>

ツィッターでの一言なので、言葉尻をとらえていることになるかもしれない。だが私には彼の保育(福祉)観の一端がここに表れている気がする。

知られるとおりホリエモンは感情抜きのクールな頭脳で「稼ぐ」ことにかけては並外れた才能をもつ人物だ。

それに対して、福祉も保育も、人を思いやる心意気が根っこにある。むしろホリエモンが排除する「感情論」に支えられているところがある。多分「稼ぎたい」というモチベーションよりもそれがまさっている。

この立ち位置の違いから生ずるギャップは果たして埋まるのだろうか。

(法澤 奉典・のりざわ とものり)

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